命名という怪しい儀式
名前を付ける。その行為は時に祈祷や呪詛に似た行為となる。
古い時代、日本ではある程度の地位にある者に対し、本当の名前を滅多な事で口にはしなかった。相手を呼ぶ時は、相手の地位や住んでいる場所の名で呼びかけていた。例えば織田信長であれば、「尾張殿」などと呼んだりしていた。時代考証をしっかりしていない歴史ドラマで時々見られるように、「信長殿」などと簡単に口にしようものなら、首を切り落とされても文句は言えなかった。
本当の名は「諱(いみな)」と言い、その名を口にするという事は、相手の霊的な人格を支配するような大変無礼な行為と捉えられていた。まして命名するという行為は、相手に霊的な人格を授けるに等しい行為だ。家臣や子供に自分の名の一部を授ける「偏諱授与」という風習は、決してノリでやっているような軽いものではなく、一族や家の末永い繁栄を祈る行為だったのである。
その感覚は、実は現代にも息づいている。霊的に支配するというとかなり大袈裟な物言いになるが、現代風に置き換えて、「レッテルを貼る」という言い方をすれば、それなりにしっくり来るのではないだろうか? 一般的にレッテル貼りという行為は、偏諱授与とは反対に、対象の一般的な評価を下げるために行うものだ。「一般的な評価を下げる」という言葉の言い方を変えれば、「霊的な価値を落とす」という風にも言えるはずである。
殊に第96代内閣総理大臣であらせられる、 ちゃんABEこと安倍晋三氏におかれましては、国会において野党の答弁に対してこの「レッテル貼り」という言葉を非常に多用しておられ、不当な命名などによる政治に対するある種の呪術的な威力を侮っていない。「そのような霊的な攻撃に、僕ちゃんは黙っていないぞ~~!」という事で、盛んに野党の答弁に「レッテル貼りだ!」とやり返す。先のポストに書いたとおり、政治と呪術は切っても切り離せない事を、知性なのか、動物的カンなのかよくわからないが、非常に強く意識しているようなのである。
なお、やたら「レッテル貼り」って言い過ぎて、最近では「相手の言葉を『レッテル貼り』とやり返すばかりで、議論をしようとしない首相」というレッテルを貼られてしまう、というか自らに貼ってしまうあたりが、やはり安倍ちゃんなのである。全然駄目じゃんw
インターネット思想属性ワードの歴史と変化
話がだいぶ脇道ばかりウロウロしていたが、本ポストのタイトルの話である。このインターネッツ言論界隈には、非常に多種多様な思想属性ワードが存在し、日々生み出されている。思想属性ワードと言うのは、本日昼飯に中華料理屋でチャーハンを食いながら思いついた造語である。一番代表的なのが「ネトウヨ」という言葉である。それは、一言で相手を形容し、相手の尊厳を脅かし、その言葉から力を奪おうという、なんとも呪術的な力に満ちたワードである。
「ネトウヨ」に代表されるこの種のワードが「日々生み出されている」という事実自体、政治とは所詮シャーマニズムの世界である事を、非常に端的に表しているのである。そのワードの歴史と変化を紐解きつつ、斯様に日々生み出されていったのはなぜなのか? という事について考察してみた。
なお、インターネット思想属性ワードの出典の歴史について書かれた本があるのか・ないのか知らないので、ここに書くことは2000年代ちょい手前から「その辺の界隈」をヲチしていた者としての、記憶に基づく考察である。一応、ある程度ググれる範囲については検索しているが、事実性を保証するものではない。また、俺自身非常に思想的な偏りが強い人間なので、平等性も保証しない。もし、書いた内容を否定する事実が、何処かのサイトなり書籍なりにエビデンスも添えて記載されているのなら、後学のため是非紹介してほしい。
右サイドのワード
ネット右翼
まず、「ネット右翼」である。2000年代ちょい手前にインターネットをやりだした者としては、「ネット右翼」こそ一番最初にこの種のワードとして認知したものである。そして、今でもこのワードは圧倒的に認知度が高く、おそらくこの種の思想属性ワードでほぼ唯一と言っていいほど、週刊誌、主要紙、地上波TVにも登場し、世間にそれなりに認知されている。
ネット上に居るどこかの誰か発言が拾われていつの間にか広がっていったワードなので、起源は当然不明だが、はっきりと残っている記録もある。
1999年4月29日に鐵扇會という政治団体が設立され、自らネット右翼と名乗ったのが、よく知られる最も古い記録である。
ここでポイントとなるのは、自ら名乗っていたという点だ。「ネトウヨ」というワードが広く一般に蔑称として知られている現代においては俄には信じがたいだろうが、たった20年程度前の話である。つまりここから、このワードについて「霊的な価値の変化」と言っても良い変化があったということだ。この霊的価値の変化については、他の右サイドのワードはどうだったのかについて書いたあとで考察したい。
J右翼
2000年代序盤にちょこっと使われていただけのワードである。「J」は「JUNK」や「JAPAN」を意味すると書いているサイトもあるが、実感としては「J文学」から派生した言葉であると考えている。
「J文学」とは、既存の文芸作品よりサブカルチャー寄りの要素を強めつつ、ポップでおしゃれな感覚を重視した文学作品のことで、1990年代後半に注目を浴びていた。
現在のツイッタラーが、インスタグラマーやフェイスブッカーをコケにするように、2chに蠢く腐れインターネッター共が、「J文学」が出そうとしている「オシャレ感」に拒絶反応を示したのは想像に難くないだろう。この「J右翼」というワードは、当時の2chの左側のインテリ層が、当時の「ネトウヨ」を揶揄するために生み出したワードであり、「J右翼」というのは完全な蔑称であった。
コヴァ
これも「J右翼」と同時期の言葉で、同じ程度の寿命しかなかった。「ネトウヨ」言論のメジャー化のきっかけは1995年からSAPIO上で連載が開始され1998年に刊行された、小林よしのりの「戦争論」である事は、当時からインターネット言論界の空気を感じている者の多くは首肯するであろう。
その「小林よしのり」と、当時流行っていたアニメの「エヴァンゲリオン」を合体させて作り上げたワードである。今でこそエヴァは見ているとその辺の人に言っても、それほど恥ずかしくないアニメになってきているが、当時は明らかに「アニオタが見るもの」であった。つまり、「マンガで政治や歴史を勉強した気になっているオタクがイキっている」姿を揶揄するために、左側によって生み出されたワードであり、これも完全に蔑称であった。
嫌韓厨
言葉の作りからすると単純に左右の思想属性を表すワードではないが、結論としては「ネトウヨ」の行動実態から、ネトウヨ = 嫌韓厨 と見て問題ないため、ここに書き記すことにした。
king-biscuitこと大月隆寛先生(札幌国際大学教授)が「漫画 嫌韓流」に寄せた解説によると嫌韓厨とは「『戦後』の言語空間に埋め込まれたものの見方や考え方、歴史についてならばいわゆる『自虐史観』、思想的に変換するなら『サヨク』『リベラル』というやつを相対化してゆくあまり、今度は韓国、朝鮮(脈略としてもちろん中国も含む)を反射的に嫌うようになった、そういう手合いのことを揶揄して言うものだ。」との事である。基本的にこれは「ネトウヨ」とイコールであると見て問題ないはずである。
この「嫌韓厨」というワードは2000年代中頃は程々に流通していたワードだが、現実の政治における日韓のせめぎ合いの中で、「嫌韓」という意識が程度の差こそあれ一般的になってきたこともあり、あまり目にしなくなったワードである。
言葉の起こりとしては、2002年の日韓ワールドカップあたりがきっかけである。ワールドカップにおける韓国のラフプレー、審判買収問題、サポーターの振る舞いの悪さを目に入れた者の一部が、ネット上で「嫌韓」という振る舞いに出たことから「嫌韓厨」というワードも目立つようになった。
実感としてはワールドカップ後の2003年くらいから目立ち始め、2010年位までは割と目にした気がする。
普通の日本人
これは中々に変化球的な言葉で、「ネトウヨ」と呼ばれた人たちが「我々はネトウヨなどではない、普通の日本人だ」と自ら言い出したことがきっかけで生まれた言葉である。
「普通の日本人」なるワードをなんの留保もなく単独で取り出すと実に奇妙である。そもそも普通の人間が自分の事を「普通である」と声高に主張するのはおかしな話であるし、後ろにくっついている「日本人」が明らかに余計である。なんでそんな所で微妙に民族を主張しちゃってるの?w という話である。
それでもって、Twitterの、それもアイコンに日の丸くっつけちゃっているようなアカウントのbioあたりに「真実と正義を追求するのに右も左もないはず。正義感の強い普通の日本人。マスゴミの報じない在日特権の真実が知りたい」みたいなことを書いちゃうもんだから、単独の名詞として成り立つワードではない「普通の日本人」が、いつの間にか「ネトウヨ」の新たな蔑称として機能するようになったのであるw
2010年代前半から今でも使われているが、蔑称として流通し出したのは2015年周辺という感じがある。この言葉の面白みを感じるには上記の経緯を理解している必要が有ることから、ハイコンテクストな言葉であり、「ネトウヨ」ほど一般化された感は全くないが、それなりに定着しているワードである。
ネット右翼蔑称化について
俺が取り上げた中で、言葉の意味が変化(自称→蔑称)しているのは、現在まで残っている「ネット右翼」だけである。(「普通の日本人」は単なる当てこすりであるため、意味の変化は生じていない)
それにしてもワードの寿命として「ネット右翼」だけ異様に息が長い。そもそも言葉とは時を経ることで、その物の実態に合わせて意味合いが変わっていくものだ。これだけの時を経れば、言葉の意味合いが変わっていくのは当然である。そしてその意味の変わり方とは、基本的に対象の実態に合わせて名前自体は変わらずに、意味合いだけが変わるものである。
Wikipediaに記載の「ネット右翼」に関する記事のとおり、その意味合いは非常に拡散し、どの実態を捉えているのか分からないほどだが、基本的に蔑称であるというラインに変わりはない。つまり、2000年代初頭から現在に至るまで、ネット上の右派的な属性を持つ者たちの、軽蔑するよりほかない数々の行動実態に合わせて、ネット右翼という言葉の意味が変化し、固定化されたということなのだ。
2013年~2015年位まで、ネトウヨはよく「ネトウヨの定義はなんだ? 定義のはっきりしない言葉は単なるレッテル貼りだ!」と、ネトウヨというワードに反応して噛み付いていた。だがそもそも「ネトウヨ」をレッテルとして機能するようにしたのは、他ならぬネトウヨ自身なのだ。それはちょうど、上の方に書いた安倍総理の振る舞いと同じで、期せずして自らに貼ってしまったレッテルなのである。
左サイドのワード
ネット左翼
「ネット右翼」の対義語として作られたようなのだが、正直いつ頃作られたのかもわからず、「ネット右翼」のようにメジャーな媒体に流通しているということが殆どない。「ネット右翼」というワードが存在しているからかろうじて存在している? その程度のワードである。
ブサヨク
そもそも何を捉えて「不細工」と「サヨク」がくっついたのかよく分からず、知性のなさが強力に臭うワードである。2000年代初頭頃、「コヴァ」「J右翼」と同じくらいの期間流通していたワードである……と思いきや、なんと知恵蔵に載っており、朝日新聞社が現代語として取り上げているようなのである???
「2010年頃にはネットスラングとして定着したとみられる。」や「15年の安全保障関連法案を巡るネット上の論争において盛んに使われ、マスコミでも取り上げられるようになった。」など、俺からすると「マジすか?」としか言いようがない文章が並んでいる。なんかクニマスの発見みたいな驚きがあるんだが、「ブサヨク」がメジャーメディアに登場したエビデンス、ググっても出てこねえんだなぁ……この幻の発見は確かなものなのか、誰か俺に教えてくれんか。
トンスル・エベンキ
「嫌韓厨」が流通していた時期の前半分くらいはトンスルが、後半分くらいはエベンキが流れていた気がする。サヨクの蔑称というか、朝鮮人に対する蔑称なんだが、ネトウヨの国籍透視という脅威のスキルにより、あらゆる国籍のサヨクは朝鮮人ということになっていたので、ここで取り上げることにした。*2
つーか「トンスル」ってウンコで作った漢方的な酒のことらしく、これを飲む(とネトウヨが考えている)朝鮮人を揶揄する目的でサヨクの蔑称としても使っている模様。それにしてもトンスル、一体どういうメカニズムで飲める酒にするのか全然想像がつかないし、メジャーメディアのソースがあのデイリー・メールしかないという……。
エベンキに至っては、朝鮮人のルーツの一つと言われている民族らしいのだが、ここまで来ると朝鮮人研究者でもない俺には、一体何を揶揄したいのかすらよく分からん。
どちらにしても「強い蔑称を作りたい」という情熱が空回っている感だけが漂うワードなのである。
連呼リアン
「連呼」と「コリアン」で「連呼リアン」だそうだ。2013年~2015年くらいの、ネトウヨが「ネトウヨの定義を言ってみろおぉォォ!」ってジャギみたいにあちこちに迫っていた時期に、「ネトウヨって呼ばないでください……」という祈りを込めて作ったものと思われるワード。
トンスル・エベンキにしてもそうだけど、これも仲間内の朝鮮蔑視と「あいつらは俺たちを侮蔑するためにネトウヨと呼んでいる」という被害意識がネトウヨ界にコモンセンスとして確立していたからこそ、辛うじて流通していたワードである。
パヨク
「ぱよぱよちーん」と「サヨク」をくっつけて誕生したワードである。「ぱよぱよちーん」とは何か? 経緯を書くのが面倒臭すぎるので下記を読んでほしい。
サヨク側の人間が行った、個人的な政治信条に基づいた個人情報晒し事件という醜聞と、それに続く一連の騒動を取り上げたものなのだが、「ぱよぱよちーん」に至るまで、それなりに経緯を掘り返さないとたどり着かない上、「ぱよぱよちーん」の内「ぱ」しか入っていないので、そもそも知っている奴にしかさっぱり分からないワードなのである。……うーむ、書けば書くほど脱力してしまう経緯のワードなのだが、要するに小学校の延長ということである。「ぱよぱよちーん」に至る経緯も含めて。
そして、これも完全に内輪ネタであり、「サヨクをコケにしてやる!」という情熱を持った方々にしか広まり得ないワードである。チバレイとか本のタイトルに付けたけど、メジャーに流通したのってそれくらい?
リベサヨ
公平を期して言うならば、このワードだけは広がりを見せているといえるかもしれない。流通しだしたのは2013年位からか? 「リベラルサヨク」を縮めた用語であり、ネトウヨの一番の攻撃対象となる「リベラル」を自称する人たちを、皆一緒くたに「サヨク」括りにするワードである。
これはネトウヨが流通させているワードの中で、おそらく唯一「ネトウヨ」に匹敵する期間流通する可能性を持っているワードである。「綺麗事ばかり言う、いけ好かないリベラルの連中」という意識は割りとワールドワイドなものであるらしいので、世間の意識という奴をうまく捉えていると言っていいのかもしれない。
しかし、「リベラル」って一体何なのかね? 感覚としてはつかめるんだが、その定義を言語化しにくいというのは「ネトウヨ」と同じであるし、なんというか兄弟のようなワードである。
……
右の連中が左を揶揄するために作った蔑称の類はまだまだ沢山有るのだが、正直言って多すぎるし、「リベサヨ」以外、基本的にどれも考察に値しないものばかりなのである。なのでこんなAAが生まれるのである。
2014年からすでにこんなことを書かれているという……。
考察
左側に対する蔑称は、「リベサヨ」以外の知性のなさが圧倒的である。並べるとその酷さがよく分かる。
右側(左側の使うワード)
左側(右側の使うワード)
……。小学校卒業したらさ、強く言えば良いってもんじゃない事をそろそろ学ぼう。あと、その人の実態を捉えていないレッテルなんて、貼ったってすぐ剥がれるんだし、いつまでもまとわりついて剥がれないレッテルは、あなたの姿を正確に表しているから剥がれないんだ。
命名という呪術の力は、「真の名」を唱えたときに初めてその強力な力を表す。その呪いは10年やそこらでは簡単に取れやしないし、剥がそうと躍起になるほど強力に張り付いてくるものだ。古い時代の風習というやつは、なかなか馬鹿にできない。
思想属性ワードが斯様に日々生み出される理由。それは「ネトウヨ」という「真の名」の力から逃れるために、相手を呪い殺す武器や、「真の名」を無効にするアイテムを探す旅がまだ終わらないからなのだ。何故なら、見つけたと思った途端にそのアイテムが偽物であることが分かってしまうからなのである。*3
嗚呼無情。