そもそも戦いになっていると言えるのか、なんのための戦いなのかも分からない。
吉村大阪市長による、従軍慰安婦像設置に伴うサンフランシスコ市との姉妹都市提携解消についての話である。
たった1つの像をめぐる争いで、60年に及ぶ大阪市とサンフランシスコ市との姉妹都市としての交流がなくなってしまったのだ。
従軍慰安婦像設置~大阪との姉妹都市提携解消までの経緯
エリック・マー市議を中心とした中国系市民団体の求めにより、2015年9月22日、サンフランシスコ市にて慰安婦の記念碑や像を設置するよう求める決議案採択が全会一致で採択された。その2年後の2017年9月22日、市内の公園に像が設置され除幕式が行われた。
大阪市は、サンフランシスコ市と60年前から姉妹都市の関係にある。大阪維新の会に所属する吉村洋文大阪市長は、上記の件に対し、像が公共物化されれば関係を解消する意向を示した。
設置された慰安婦像は最初公園内の私有地に設置されたものだったが、2017年11月14日、市議会は慰安婦像を土地ごと寄贈を受け入れる決議案を全会一致で可決した。また、この慰安婦像設置を主導した市民団体から、少なくとも20年間の維持管理費として日本円で約2300万円の寄付を受け入れるとした。この受入に伴い、慰安婦像はサンフランシスコ市の公共物となる。
提携解消についての最終判断をするため、吉村市長はサンフランシスコ市長のエドウィン・リーに面会を求めていたが、11月24日、リーが像の寄贈受け入れを承認したことにより、吉村は12月中に姉妹都市提携を解消し、民間団体の交流事業に対する補助金も取りやめる意向であることを発表した。
また、吉村市長は、市長との会談を求めた書簡に対し、サンフランシスコ市からメールで「会談は可能だが、慰安婦像について交渉の余地はない」とする返信が届いたことも明らかにした。
ここまでのくだりを読むと、けんもほろろ、全くはじめから一方的にサンフランシスコ市が日本を足蹴にしてきたかのように見えるが、決してそんなことはない。その前段があるのである。
2015年9月22日の採決より前の2013年5月13日、当時大阪市長だった橋下の口から、強烈な言葉が飛び出したのだ。
橋下氏発言、議論呼ぶ 「慰安婦制度は必要だった」 「米軍、風俗業活用を」
この発言は国際的に大きな批判を浴びることになった。日本第2の都市の市長の発言であり、当然といえる。
例えば強姦殺人の犯人が、遺族の目の前で「殺人は社会の問題なのだから、犯人を憎むだけではなく、もっと広い視野で社会全体でこの問題に取り組まなければならない」などと言ったとして、まともに聞いてもらえると思うだろうか?
他国にも似たようなことがあっただの、当事国の日本に言う資格などあろうはずがないのである。
だが、これに懲りるどころか、橋下は発言の4日後である17日の外国特派員協会での講演で、強制の事実をあらためて否定し「日本だけが非難されている」といった批判を展開する。
上記を受け、とうとうサンフランシスコ市は橋下の表敬訪問を受け入れない旨の文書を通達。
翌月の2013年6月18日、サンフランシスコ市は橋下の発言を非難する決議案を全会一致で採択した。
この決議案を受けて、流石に反省するのかと思いきや、なんと自身の発言を一部撤回しつつも、決議案の撤回を求め、韓国系政治団体の動きを批判する内容の書簡をサンフランシスコ市に送りつけたのである。
サンフランシスコ市の怒りは、いかばかりか。
2015年9月22日に採決された、慰安婦の記念碑や像を設置するよう求める決議案に対しても、橋下は8月27日に下記の書簡を送りつけて抗議している。
自分の置かれた立場を全く無視するような異常な行動としか言いようがない。そして、2015年9月17日に、決定的な出来事が起こる。それは、サンフランシスコ市議会公聴会事件と呼ぶべき出来事である。
「歴史戦」という政治運動
その事件の様子がこれである。
日本側から慰安婦像設置に反対する旨を訴える人間が、またとんでもない発言を繰り返したのである。
続いて目良さん。慰安婦問題は全部嘘だと主張。20万人、強制、性奴隷、全部間違い。サラ・ソーの本を紹介。議場にいる元慰安婦の証言は信用できないと名指しで批判。
— エミコヤマ (@emigrl) 2015年9月17日
目の前で被害を訴える女性を、名指しで嘘つきだと言ったのである。目良というのはGAHT(歴史の真実を求める世界連合会:The Global Alliance for Historical Truth)という右派系団体の代表者である。彼はアメリカ各地で、慰安婦像設置の動きに対して、似たようなアクションを起こしている。
カンポス市議は、目良さんをはじめとする歴史否定論者に「恥を知れ」と繰り返し発言。否定論者の存在こそが、慰安婦碑が必要な理由をさらに強化した、とも。決議は、全会一致で来週の本会議へ。
— エミコヤマ (@emigrl) 2015年9月18日
この「恥を知れ」という発言は、ただ否定論に怒って言ったわけじゃないよ。目の前にいる元慰安婦の女性を名指しして、慰安婦はみんな望んでなった売春婦で、大儲けした上に、嘘の証言をしている、って言ったから。
— エミコヤマ (@emigrl) 2015年9月18日
全会一致の採択は、おそらくこの目良という人物の発言が決定打となったものだろう。無能な味方は敵よりも恐ろしいとは、よく言ったものである。
産経新聞はこの時の様子を、タイトルに【歴史戦】というタグまでつけて、このように報じている。
目良の異常と言って良い発言は一切取り上げず、サンフランシスコによって一方的に採択が決まったかのような書き方になっている。
そして、この目良という人物、なんと2016年から産経新聞で連載を持つようになる。
そればかりか、目良の団体であるGAHTと日本政府は、連携を取り合っているというのである。
結局国益を毀損する人々
つまり、全体的な流れとして、慰安婦像設置界隈の話がちょっとずつアメリカで盛り上がる中、橋下や産経新聞周りの人々(更に政府の姿までチラつく)が抵抗するような動きを見せた結果、全部火に油を注ぐような事になり、大阪市とサンフランシスコ市が60年に及ぶ姉妹都市提携を解消する自体にまで至ったという話なのである。
そしてその一連の動きは、全て産経新聞の記事に「歴史戦」というタグで括られている。まさに、この「歴史戦」というタグそのものが、歴史修正主義の敗北死を表す墓碑銘といえるのではないだろうか?
仕舞いには、表立って日本政府が決議拒否を求めるも、完全にシカトされる始末。当たり前の話である。一都市の決議に他所の国の政府が決議拒否を求めるなど、異様としか言いようのない行動である。
姉妹都市提携解消に至っては、まさに堂々退場すといった有様だが、今回の舞台もまたサンフランシスコであるという、皮肉な点を指摘してくださった方もいる。それは果たして偶然か否か。
国連脱退再びか。せっかく日本が国際社会に復帰できたのにこうやって再び堂々と退場するのか。どちらも場になったのはサンフランシスコと言う皮肉。
— Michael. A (@nasitaro) 2017年11月23日
こうしてまた、「日本を守る」だの喚く、何時ものような人々が、「日本の国益」を守ろうとして、本当の日本の国益を、何時もの様に損ねるのである。