日馬富士がついにというか、ようやくというか、よく分からないやり取りの中で引退することになった。
自分の中でこの問題については時間を経れば経るほど、日馬富士個人より、相撲協会そのものの異常さを認識するようになった。
はっきり言って、ヤクザまがいの連中が公益法人を名乗っている。それが問題の根っこにあるのだと確信せざるを得ない。
日馬富士の引退会見
日馬富士が11/29に引退会見を行った。下記リンクにその全文が掲載されている。
記者会見の最初の方は、謙虚かつ厳かな雰囲気で始まった会見だったようだが、そもそもこんなことを平気で言っている。
―引退を決めるまで、心の中の動きがあったのか、いつ決めたのか
日馬「このことが、マスコミの皆さんに知られて、親方に知られて話し、これは大きくなっているので横綱の名前に傷がつくので責任を取りたいと親方に伝えました」
―今回の一連の事件に何があったのか
日馬「先輩横綱として、弟弟子が礼儀と礼節がなってないときに、それを正して直して教えてあげることは、先輩としての義務だと思っています。弟弟子を思って叱ったことが彼を傷つけ、そして大変世間を騒がし、相撲ファン、相撲協会、後援会のみなさまに大変迷惑をかけることになってしまいました」
マスコミが騒いでいて、「横綱の名前に傷がつく」から引退するというのだ。そもそも事は暴行傷害事件である。横綱の名前など以前に、法治国家に生きる一社会人としてアウトなふるまいであったという認識が、まず始めに出てこないのが根本的におかしい。
また、「弟弟子を思って」と枕についている。10年前、時津風部屋で暴行死亡事件が起こった際にも、「かわいがり」などと称してリンチを加えていたのではなかったか? 相撲界はこの時、一体何を反省し、改めたというのか? 暴行と指導は完全に別物。どんな意思によるものであれ、暴行は許されるものではない。それがこの時の教訓だったのではなかったのか?
更に会見は、伊勢ケ浜親方が口をはさみ始めて、どんどんおかしな方向に進んでいく。
―新入幕も大関昇進も横綱昇進も九州場所だった、九州場所の引退決断の心境は
日馬「17年前に、9月に日本に来て、初めて来たのは九州場所で、本当に縁起のいい場所で、そして、九州の後援会長にかわいがってもらってました。九州大好きです。太宰府の神様も心から信じています」
―そこで引退を決めたことについて
※黙る日馬富士に伊勢ケ浜親方が助け船
伊勢「決めたというか、そうなったってこと。それを今言っているんだから、ちょっとおかしいんじゃないですか」
「そうなった」っていうのが全く分からない。横綱自ら「自身の行動の責任を取って引退します」と宣言している会見なのに、「そうなった」とはどういうことなのか? 日馬富士を、まるで「何かの犠牲者」のように、伊勢ケ浜親方は言っている。
―20年の東京五輪まで横綱を務めたいと聞いている。その中で引退になってしまった。騒動のなかで葛藤があったか、どこで引退を決意したか
伊勢「それもさっき述べたんだから。同じ質問を繰り返しても…。(質問者を)代わってください」
―今後角界にかかわること
伊勢「他の人に質問して。きょう引退したばっかりだから、出ないしょう」
―事件当日のこと、貴ノ岩への指導の思い
伊勢「まだ捜査も続いているので、そういったことに答えられない。指導もさっき述べているので、質問が重なっているので、他の質問があったら」
―九州場所で白鵬 もう一度土俵にあげたいと言っていたことについて
日馬「今も言いましたが、相手をけがを追わせたこと、横綱として、責任を持つのは横綱なので…。(白鵬の)その気持ちはうれしかったです」
「質問者を変えろ」など、完全に逆ギレである。自分らで記者を招いておきながら、質問者も内容も自分たちで選別するというのである。
この会見の全文から、日馬富士と伊勢ケ浜親方の両方に、「この件は大変残念な『アクシデント』であり、マスコミにバレさえしなければ本当は引退などする謂れはないのだが、マスコミが嗅ぎつけて騒ぎ立てるので、相撲界の体面を守るため、仕方なく『ケジメ』を取る形で身を引くのだ」といった考え方があるのがはっきりと見えた。この記者会見で質問をしたマスコミは、非常に良い仕事をしたといえる。
相撲協会のお歴々の動き、お言葉など
本件について、相撲協会のお歴々が色々なことを口にしている。例えば横綱審議委員会の方々。横綱審議委員会とは、ざっくり言えば、公平な観点から実力で横綱を決定する有識者の集まりである。同時に力の落ちた横綱に「引退せよ」と言う「引退勧告」をする権限もあるため、横綱が起こしたこの問題に色んな人間が口を挟んでいる。下記が、横綱審議委員会についてのWikipediaの記載である。
設立のきっかけは、1950年1月場所、3日目までに東冨士、照國、羽黒山の3横綱が途中休場したため横綱の格下げが論議され、場所中に協会は「2場所連続休場、負越しの場合は大関に転落」と決定、発表した。しかし、粗製濫造した協会が悪いと世間の反発をくらい、決定を取り消すことになった(ただし、東富士・照國・羽黒山はいずれもこの時点ですでに一時代を築いた名横綱で、彼らの昇進自体が不当だったとする見解は存在しない)。そこで、横綱の権威を保つためにも横綱免許の家元である吉田司家ではなく、相撲に造詣が深い有識者によって横綱を推薦してもらおうということとなり、1950年4月21日に横綱審議委員会が発足した。初代委員長は好角家として有名だった元伯爵・貴族院議員の酒井忠正。
委員は好角家・有識者のうちから理事長が委嘱する。現在の委員の定数は7名以上15名以内、任期は1期2年、最長で5期10年まで。委員長は、委員の互選によって選出する。委員長の任期は1期2年、最長で2期4年まで。過去の委員は新聞社の社長やNHK会長など、マスコミのトップが多い。これは八百長問題など大相撲に批判的な報道を封じ込める作戦であるとしてしばしば批判の対象となっている。
横綱審議委員会としては、表向きは基本的に日馬富士に引退勧告を行う方向で、厳しい目を向けながら動いていた。
だが、一方で、被害者側の貴乃花親方に対しても下記のような反応を示している。
調査と早期解決を望む協会の協力依頼に応じない貴乃花親方の姿勢について、横審の北村委員長は「理事の立場で、協会全体が進めることに対し、ぶち壊す動きをしている。みんな『疑念がある』『不可解だ』と言っている」と語気を強めた。
ここでもまた、相撲協会側の異常な感覚が披露されている。「調査と早期解決」とあるが、最も大切なことは真相が正しく究明されることだ。そのため、被害者側である貴乃花親方は、真相究明を相撲協会ではなく第三者である警察の手に委ねたのだ。
なぜ貴乃花親方がそこで第三者とはいえない協会にも協力してやらねばならないのか? まして、本件は暴行傷害事件なのだから、真相究明について、警察の手に渡れば相撲協会など出る幕はないはずである。
仮に一般企業の社員が暴力事件を起こしたとして、その会社が警察とは別に事件の内容について調査をし、独自に捜査を進めるとでも言うのか?
貴乃花親方は日馬富士の暴行に憤り、10月29日に鳥取県警へ被害届を提出。協会による再三の取り下げ要請にも応じない。体調不良を理由に貴ノ岩を保護し、危機管理委員会聴取を拒絶しているだけでなく、初場所(1月14日初日・両国国技館)も休場する意向さえ持っているという。
刑事事件の被害者に、被害届を取り下げよと迫っているのである。一体何の権限があってそんな事ができると思っているのかサッパリ分からない。伊勢ケ浜親方と日馬富士が示談を申し込むというのならまだ分かるが、相撲協会は何を考えてこんな要請ができると思ったのか。
更に、テレビ番組で相撲協会評議委員会の池坊保子議長がとんでもないことを口にしている。
さらに暴行は「確かに悪い。でもその内容が分からない。内容で情状されることはなかったのかな」と持論を展開。また、「貴ノ岩さんと貴乃花さんが率直に真実を話していただければ、ここまでのことはなかったのではと思うと私は非常に残念です」と協会の調査に応じていない貴乃花親方と貴ノ岩に疑問を呈していた。
先にも書いたように、相撲界はすでに指導に名を借りた暴行による死傷事件を起こしているのである。にも関わらず、その内容で暴行事件への処分について、情状されるべきであると発言したのだ。
相撲協会における評議員とは、理事の選任や解任の権限も持つ強い役職である。つまり、この発言は、相撲界全体の感覚を代弁した発言に近いと言ってよい。
また、注目したいのは「貴ノ岩さんと貴乃花さんが率直に真実を話していただければ、ここまでのことはなかったのではと思うと私は非常に残念です」という言葉である。「ここまでのこと」とは、日馬富士の引退のことを指しているのだろうか? つまり、貴乃花親方が相撲協会に色々喋っていたならば、事態は表に出ず、日馬富士は九州場所を普通に勤め上げ、今後も何事もなく相撲を取っていたということなのではないか?
であるならば、貴乃花の判断は完全に正しかったという他にないではないか。
「引退」なのは何故? 引退届の受理自体「お手盛り」なのではないか?
何度も書いているように、本件は暴行傷害事件である。また、相撲協会はすでに時津風部屋での暴行死亡事件を経験しており、再発防止を誓ったはずである。
だが、相撲協会では本件の処分を決定していないにも関わらず、日馬富士の引退届を受理したのである。
言うまでもないが、引退とは、本人の意志により進退を決めることであり、そんなものは処分でもなんでもないのである。引退勧告により引退するとかならまだしも、その前に本人が引退届を出し、それを受理し、協会としてはなんの処分も下していないかのような動きになるのは、それ自体処分のお手盛りといえるのではないか? 実際、大麻不法所持で逮捕された若麒麟の引退届など、相撲協会は受け取った者の保留扱いとし、結局解雇したのである。
そもそも相撲協会では過去にどのような処分を下しているのか? 下記は、Wikipediaから引用した、過去に行われた処分の一覧である。
年月日 | 対象者 | 処分 | 理由 | |
---|---|---|---|---|
1 | 1985年2月 | 12代花籠(横綱・輪島大士) | 降格(委員→平年寄) 無期限謹慎 |
年寄名跡を借金の担保にしたため。 |
2 | 1995年6月 | 14代振分(前12・朝嵐大三郎) | 降格(委員→平年寄) 当年度一杯謹慎 |
自身のサイドビジネスに絡み日本相撲協会の肖像権規定に違反したため。 |
3 | 1997年1月 | 16代山響(小結・前乃臻康夫) | 解雇 | 1996年11月場所から翌年初場所まで予告なしに本場所を欠場(失跡)したため。 |
4 | 1998年8月 | 14代雷(小結・羽黒岩智一) | 降格(委員→平年寄) | 1998年3月場所の入場券収入の一部を計上しなかったため。 |
5 | 2000年12月 | 6代高砂(小結・富士錦猛光) | 降格(役員待遇委員→平年寄) | 闘牙進が現役力士の運転原則禁止に違反した上死亡事故を起こし監督責任を問われた。 |
6 | 2006年7月 | 前3・露鵬幸生 | 3日間出場停止 | 本場所中、カメラマンに暴行したため。 |
7 | 2007年5月 | 前8・旭天鵬勝 | 1場所出場停止 期間中謹慎 |
現役力士の運転原則禁止に違反し、自動車を運転して人身事故を起こしたため。 |
8 | 2007年8月 | 横綱・朝青龍明徳 | 2場所出場停止 期間中謹慎 |
腰の骨折と称しモンゴルへ帰国した直後に中田英寿とサッカーをしたため。 |
9 | 2007年10月 | 15代時津風(小結・双津竜順一) | 解雇 | 稽古で部屋の力士が暴行死したため。 |
10 | 2008年8月21日 | 前1・若ノ鵬寿則 | 解雇 | 大麻取締法(所持)違反で逮捕されたため。 |
11 | 2008年9月8日 | 前3・露鵬幸生 十両6・白露山佑太 |
解雇 | 大麻使用の疑いのため 。 |
16代大嶽(関脇・貴闘力忠茂) | 降格(委員→平年寄) | 弟子の露鵬幸生に対する監督責任を問われた。 | ||
12 | 2008年12月18日 | 力士3人 (三段目2名・序二段1名) |
解雇 | 稽古で弟弟子を暴行・死亡させたため。 |
13 | 2009年2月21日 | 十3・若麒麟真一 | 解雇 | 大麻取締法(所持)違反で逮捕されたため。 |
14 | 2010年2月4日 | 7代高砂(大関・朝潮太郎) | 降格(役員待遇委員→主任) | 弟子の朝青龍明徳の一般男性に対する暴行事件の監督責任 |
15 | 2010年5月27日 | 11代木村瀬平(前1・肥後ノ海直哉) | 降格(委員→平年寄) 2013年5月まで昇格見送り 部屋閉鎖 |
大相撲野球賭博問題によるもの。 |
10代清見潟(前1・大竜川一男) | 譴責 | |||
16 | 2010年7月4日 | 16代大嶽(関脇・貴闘力忠茂) | 解雇 退職金全額不支給 |
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大関・琴光喜啓司 | 解雇 | |||
12代阿武松(関脇・益荒雄広生) | 降格(委員→平年寄) 2020年7月まで昇格見送り |
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16代時津風(前3・時津海正博) | 降格(主任→平年寄) 2015年7月まで昇格見送り |
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正副理事全員 | 給与手当減額2ヶ月最大30% | |||
17 | 2010年9月8日 | 三23・古市貞秀 床山・床池 |
解雇 | |
十11・松谷裕也 三21・若力堂聖也 |
2場所出場停止 | |||
13代佐渡ヶ嶽(関脇・琴ノ若晴將) 9代松ヶ根(大関・若嶋津六夫) |
降格(委員→平年寄) | |||
力士39名 | 譴責 | |||
18 | 2010年12月24日 | 11代宮城野(十2・金親和憲) | 宮城野部屋の師匠交代勧告 降格(主任→平年寄) 定年(2034年11月)まで昇格見送り |
八百長疑惑発言によるもの。 |
19 | 2011年4月1日 | 力士21名 年寄19名 |
引退・退職勧告20名 出場停止・停職2年3名 降格14名 昇格見送り3名 |
大相撲八百長問題によるもの。 |
20 | 2011年4月6日 | 12代谷川(小結・海鵬涼至) | 解雇 | |
21 | 2011年4月14日 | 前15・蒼国来栄吉 十5・星風芳宏 |
解雇 | |
22 | 2011年4月20日 | 17代尾上(小結・濱ノ嶋啓志) | 2021年4月まで昇格見送り | 酒気帯び運転で警視庁に摘発されたため。 |
23 | 2015年10月1日 | 16代熊ヶ谷(十2・金親和憲) | 解雇 | 傷害容疑で逮捕・起訴されたため。 |
24 | 2015年11月14日 | 40代式守伊之助 | 3日間の出場停止 | 2015年秋・九州場所で2場所連続合計3回の軍配差し違え |
驚くべきは時津風部屋の暴行死事件で、なんと一番重い除名処分ではなく、解雇なのである。これほど凄惨な事件が解雇程度で済んでいるとは、信じがたい緩さである。
リンチで殺したこともさることながら、遺体を家族に見せる前にさっさと火葬して証拠隠滅までしようとしたのである。*1
除名が検討されたのか、否決されたのかは不明だが、弟子を殺し、遺体をさっさと燃やして証拠隠滅を図っても、相撲界では除名されないということなのである。人を、まして身内を殺しても同じ職業の世界から名前を消されない職業など、ヤクザと相撲取りくらいのものである。全く驚くべき世界である。
また、16代熊ヶ谷は傷害容疑で逮捕・起訴されたために解雇となったのに、これから起訴される可能性もある日馬富士の引退届が受理されるのはなぜなのか? 「これまでの相撲界への貢献」とやらで、傷害事件の責任まで減免されるというなら、それもヤクザの世界でしかありえない感覚なのではないか?
相撲界隈の価値観が変わらない限り、どうしようもない
相撲中継の解説陣に加わるほどの相撲通として知られるデーモン小暮が、本件の問題について下記のように率直に語っている。
デーモン閣下は以前、相撲協会が公益財団法人になるに当たり、「かわいがりという言葉を称して体罰をするという方針を一切やめましょうと表向きには言っていた。でも、心の底で、番付一枚違えば虫けら同然、多少の体罰無しに指導出来るわけないじゃないかと、相撲協会750人いる中で、740人ぐらいは思っているわけですよ」と、根底は余り変わっていないのではと推察。
その心根が今回の騒動でクローズアップされたとし「多かれ少なかれ、番付上位、もしくは先輩が多少手を出すのは当たり前と思っている」とも語り、「心の底から相撲協会全員が血眼になって今の時代に反すると全員心を入れ替えて、そういうことをやらないで指導する、ということができるかどうかの岐路に立たされている」と熱く訴えていた。
表面を変えただけでは全く意味がない。ご指摘のとおりである。
同時に付け加えなければならないのは、相撲協会の今の価値観について、「今の時代に合わない」などという生易しいものではないのだ。「相撲協会の暴力に対する今の価値観・寛容さは、ヤクザの類と殆ど変わらないものであり、社会への存在そのものを根底的に否定されてもおかしくない代物である」と認識しなければならない。
ヤクザについては、暴排条例などにより、もう日本社会ははっきりと「この世から叩き出せ」という方向で一致しているのである。生きるならヤクザを辞めろ、ということである。
そして、このままでは相撲取りも、同じ認識の箱の中に入れられかねないのである。